石雲寺の節分草と『とうえい温泉+花まつり』
2015.02.02.Mon.23:07
■2015.2.1 節分草(セツブンソウ)の便りが聞かれる今日この頃、妻と三河の石雲寺へドライブ。
来週が節分草祭りであるが混むのは避けた。花の頃はまだ少し早く3~5部咲き。
このセツブンソウはキンポウゲ科セツブンソウ属の多年草で石灰岩地域を好む。

年配のフィルムカメラマンさんがレフ板を貸して頂きました。やはり日陰よりはいいですね。

マクロレンズは使わず、最近お気に入りの単焦点レンズFA35mmF2ALで

石雲寺は梅の木も沢山ありますがまだまだです。


お地蔵さん

蝋梅の木も立派で密度が凄いですね。

昨年は、ご住職様から色々話を聞かせて頂きました。
日当たりのいい場所は梅に蕾が

石雲寺から更に北上し「とうえい温泉 花まつりの湯」へ

竜神伝説が残る奥三河のナイアガラ 『蔦の渕』

花まつり(花祭会館)
人々は花祭を通し、八百万の神を勧請し所願成就、厄難除け、生まれ清まりを祈願します。
鎌倉時代末期から室町時代にかけて熊野の山伏や加賀白山の聖により伝えられ「冬至」の頃、太陽の力の復活を願って行われる「霜月神楽」の一種とされる。天竜川水系に今も伝わる神事芸能で700年以上にわたって継承。
湯立神事に伊勢神楽や諏訪神楽なども交じり変化し、約400年ほど前に現在に近い形態になったようです。
(花祭りサイト引用)
→花まつり

花祭りの起源は、一人の京聖が加賀の白山の菊理媛尊(くくりひめのみこと)分身を奉戴してきて、祀ったことにから始まると伝承。祀った宮を白山妙理大権現と呼び、この白山様から花祭と花御神楽が起こったと言われています。
加賀の白山に祀られている祭神は「菊理媛命」。
黄泉の国にいる伊弉冉尊(いざなみ)に伊奘諾尊(いざなぎ)が逢いに行くが変わり果てた姿を見て逃げ出してしまう。しかし追いつかれてしまい口論となるが「菊理媛神」が現れ中を取り持った。
その後、天照大御神(あまてらすおおみかみ)や月読尊(つくよみのみこと)、須佐之男尊(すさのおのみこと)が生れます。
この菊理媛命は日本神話では日本書紀に一度出てくるだけです。
これらの事から菊理媛命「和合の神」「縁結びの神」と崇敬を受けています。
来週が節分草祭りであるが混むのは避けた。花の頃はまだ少し早く3~5部咲き。
このセツブンソウはキンポウゲ科セツブンソウ属の多年草で石灰岩地域を好む。

年配のフィルムカメラマンさんがレフ板を貸して頂きました。やはり日陰よりはいいですね。

マクロレンズは使わず、最近お気に入りの単焦点レンズFA35mmF2ALで

石雲寺は梅の木も沢山ありますがまだまだです。


お地蔵さん

蝋梅の木も立派で密度が凄いですね。

昨年は、ご住職様から色々話を聞かせて頂きました。
日当たりのいい場所は梅に蕾が

石雲寺から更に北上し「とうえい温泉 花まつりの湯」へ

竜神伝説が残る奥三河のナイアガラ 『蔦の渕』

花まつり(花祭会館)
人々は花祭を通し、八百万の神を勧請し所願成就、厄難除け、生まれ清まりを祈願します。
鎌倉時代末期から室町時代にかけて熊野の山伏や加賀白山の聖により伝えられ「冬至」の頃、太陽の力の復活を願って行われる「霜月神楽」の一種とされる。天竜川水系に今も伝わる神事芸能で700年以上にわたって継承。
湯立神事に伊勢神楽や諏訪神楽なども交じり変化し、約400年ほど前に現在に近い形態になったようです。
(花祭りサイト引用)
→花まつり

花祭りの起源は、一人の京聖が加賀の白山の菊理媛尊(くくりひめのみこと)分身を奉戴してきて、祀ったことにから始まると伝承。祀った宮を白山妙理大権現と呼び、この白山様から花祭と花御神楽が起こったと言われています。
加賀の白山に祀られている祭神は「菊理媛命」。
黄泉の国にいる伊弉冉尊(いざなみ)に伊奘諾尊(いざなぎ)が逢いに行くが変わり果てた姿を見て逃げ出してしまう。しかし追いつかれてしまい口論となるが「菊理媛神」が現れ中を取り持った。
その後、天照大御神(あまてらすおおみかみ)や月読尊(つくよみのみこと)、須佐之男尊(すさのおのみこと)が生れます。
この菊理媛命は日本神話では日本書紀に一度出てくるだけです。
これらの事から菊理媛命「和合の神」「縁結びの神」と崇敬を受けています。

